2017年11月3日

野上電鉄 重根あたり

▲野上電鉄 幡川-重根 1989-10

以前の記事で野上中-北山周辺をご紹介しましたが(→こちら)、今回は同じく当線では数少ない田圃の開けた場所、重根周辺です。

日方を出た電車はしばらく住宅地を縫うように走り、春日前・幡川と小駅を過ぎ、急に左右が開けてきたと思うと重根(しこね)に到着します。
▲重根 1988-1

重根は小屋のような駅舎ながら交換設備や留置線を持ち、最後まで駅員が常駐。1983年に運転本数が減らされた後も、ほぼ終日交換駅として機能しタブレット交換も見られました。 

8時台までしか走らない朝の2連を狙うには早暁から出動しなければなりませんが、この日は海南に投宿、重根までタクシーを奮発です。
▲いずれも幡川-重根 1989-10

朝の2連が到着、交換列車を待つモハ27+クハ104。
▲いずれも重根 1989-10

これから夕刻までは単行オンリー、2両のデ10形が行ったり来たりの繰り返しになります。この日は運良くモハ32が出動しました。
▲いずれも幡川-重根 1988-1

辺りが薄暗くなる頃、再び2連が走り始めました。
▲いずれも重根 1989-10

秋の夕暮を行くデ10形。車内には白熱灯が燈りました。
▲いずれも幡川-重根 1989-10

こちらは廃線まで1年を切った頃。
雨模様の中、この日は日中の単行運用にモハ25が入りました。
▲いずれも幡川-重根 1993-6

沿線は至って平凡で、いつも走行風景に迷ってしまう野上電車。
しかし、それだけに一捻りの工夫を考えるのもまた恒例の楽しみになっていました。
▲日方 1989-10

▲幡川-重根 1989-10

2 件のコメント:

  1. ご無沙汰しております。

    電車もですが、今改めて見るとスパンワイヤー式の架線吊りもすごいですね。鉄道線だと北鉄石川線鶴来構内にまだありますが、本線上だと銚子あたりにまだあったっけ?

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  2. 雪うさぎさん

    こんにちは。
    ご指摘まで意識していませんでしたが、路面電車のようにワイヤとトロリーが這っている様子、特に重根構内などは改めて見ると壮観ですね。銚子電鉄も随分ご無沙汰しているので、現在はどうなっているのかちょっと分かりません。因みに昇圧前の上田交通・上田原や中塩田構内もワイヤだらけだったと記憶しています。

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