2019年3月27日

一枚のスナップから その6・眠れる名作の発掘(3)

▲静岡鉄道秋葉線車内 戸綿口-森川橋 1962-4

静岡鉄道秋葉線のデンシャは開通以来の強者を叩き直しながら1962年秋の廃線まで活躍。その間、車体や屋根、パンタ、台車などほぼ全てを自社で更新したというのも特筆すべきですが、その結果このような愉快な電車が誕生しました。

中学時代、故吉川文夫さんの写真で衝撃を受けてからというもの、彼らに強く惹かれてきましたが、ここまで個性的なデンシャはあまり例がないのではないかと思います。

さて、こちらは遠州森町の少し手前で撮影したようで、RMライブラリーNO18「静岡鉄道秋葉線」の表紙カットと同地点です。
▲いずれも森川橋-遠州森町
 
こちらは山梨駅。
中間では唯一の有人駅で、車庫や変電所を構えていました。
模型のような佇まいの車庫。左が本線で、右端の建造物が変電所です。
モハ8はブリル21-Eタイプの単台車を自社で改造した、珍奇なボギー台車を履いています。
▲いずれも山梨 1962-4
 
今回は期せずして垂涎の世界の一端に触れることができた訳ですが、原版の傷みは見た目以上。ビネガーシンドロームによる強烈なカールと硬化に加え、変色・カビ・キズと補正要件のオンパレードでした。
 
データ化すればフィルムは用済み・・・という向きもあるかと思いますが、日増しに朽ちていく様子を間近に見るのは、やはりキツイものがあります。
▲山梨 1962-4
 
▲切符はこの時代へのアプローチです

2019年3月20日

一枚のスナップから その5・眠れる名作の発掘(2)

▲静岡鉄道秋葉線 新袋井 1962-4
 
まだまだ埋もれているであろう、隠れた名作。
そのほんの一掴みながら、手元にある地方私鉄の記録から本日は静岡鉄道秋葉線をアップしてみます。

時は1962年4月、廃線を間近に控えた頃。
僅かな手掛かりしかありませんが、撮影者は袋井駅でスナップした後に乗車、終点・遠州森町へ向かったようです。

その中で吸い込まれるように印象に残ったのが1枚目、駅頭のカットでした。小さい駅ながら大層な活況ぶりで、高度成長下、地方路線や街が元気だった証でしょう。
▲いずれも袋井 1962-4
 
秋葉線の電車たちは木造車体に珍妙なパンタ、目印の巨大バッファ・・・と「愉快」とか「ユニーク」とか、陳腐な言葉では表現し切れない強烈な個性を発揮し、管理人にとってはまさに垂涎の存在。
電車だけでなく、狭い商店街や線路が埋没しそうな未舗装道路を走ったり、一方で駅の風情も素晴らしく、路線全体が憧憬ワールドでした。

・・・次回に続きます。
▲いずれも遠州森町 1962-4

2019年3月13日

西武生車庫にて

▲福井鉄道モハ201-1+201-2 三十八社-浅水 1995-8

さて、次は三十八社で下車です。
140形は来ませんが、ひと通りの形式を捕まえます。この辺りは当線では最も田圃が広がる区間ながら、現在は宅地化が進んできました。
▲いずれも三十八社-浅水 1995-8

先日の京福に続き、今日も凄まじい暑さでした。
最後は定番、西武生の車庫を一覗き。年季の入った車庫の隣では140形3編成のうちモハ143-2が切り離されて点検中でした。143編成は140形の仲間ながら、連続3枚窓の面構えです。
こちらは旧車中のデキ2。
戦後の混乱期、当局から三井三池の発注車を融通して貰ったという曰くつきの電機でした。
 
こちらは遠州鉄道からやって来たデキ3。
一見くたびれた感ありですが、その後除雪にイベントにと大車輪の活躍を見せます。
▲いずれも西武生 1995-8

車庫をあちこちから睨め回します。
庫内のモハ143-1は他の140形と異なり、鯖浦電鉄時代のモハ42を叩き直して誕生した電車でした。この年代物の建屋は1921年築、福武電鉄からの強者で登録文化財に指定されています。
こちらは倉庫代わりになった120形。
CMにも登場した駅舎。
開業時からの生き証人で、こちらも登録文化財にはなりましたが、うーむなリニューアルを果たしたのは周知のとおりです。
▲いずれも西武生 1995-8
 
▲鯖浦線、南越線現役時代は賑やかでした

2019年3月5日

デンシャがとおる その4・公園口あたり

 
▲福井鉄道デキ2 西武生 1995-8 

さて、いよいよ本日の主役の登場です。
独特の食パン顔がゆっくりと近付いてきました。
斜め45度の常套アングル、しかも逆光気味ですが、貴重な1本となるとやはり無難に狙うしかありません。
160形は福武電鉄時代からの小型車を2つ繋いで誕生した珍車。
鯖浦線時代は市内乗入れ用として重宝していましたが、同線の廃止に伴って一線から退きます。しかし使い勝手は良かったようで、その後もワンマン化やATS搭載などの工事を受けて1997年まで命脈を保ちました。

アングルを替える間もなく、直ぐに折り返して発車。
あとは神明まで回送されるだけ、何とも呆気ない終幕です。
▲いずれも裁判所前-田原町 1995-8
 
さて、あっという間に目標物が行ってしまいましたが、ラッシュ時しか出動しない140形がいるうちは撤収する訳にはいきません。折角ですから田原町電停を表敬訪問、汗を拭いながらここから乗り込みます。
▲田原町 1995-8
 
本町通り電停で離合する200形と140形。
電車通りのメイン電停・市役所前から交差点を隔てた向かいにあり、武生新方面しか停車しませんでした。
こちらは急行運用の主役、旧静鉄の300形。
この10年後に全車引退することなど、当時は予想すらできませんでした。
▲いずれも本町通り 1995-8 
 
足羽川を渡る幸橋付近はちょっとしたアップダウン。いよいよ本日ラストの140形が坂を上ってきました。
 
・・・・と思いきや、手前にミキサー車が迫ってきました。
▲間一髪です いずれも本町通-公園口
 
振り返って本日最後の140形スナップです。
▲公園口-木田四辻 1995-8
 
さて、路面区間を堪能した後は郊外へ。
先ずは神明で下車、朝方の160形は如何にと覗いて見ると、側線で昼寝中でした。このまま明日まで出番なしです。
▲いずれも神明 1995-8

暑さにめげず、次はアタリを着けておいた三十八社周辺を徘徊することにしました。
・・・しつこくまだ続きます。
▲田原町 1995-8