2019年4月30日

番外編~平成元年の頃

▲新潟交通クハ46 燕 1988-5
 
世間の動静には頓着しない小ブログながら、周囲では「平成最後の何たら~・・・」とやたら喧しい昨今。とは言え、昭和から平成、令和と3世代を生きるとなると、ちょっと感慨深いものもあります。

・・・という訳で雨の別所線撮影記の途中ですが、本日はこれに便乗して昭和から平成に代わる頃に撮影した記録からお送りします。

昭和最後となった64年は1週間しかなく、記録はゼロ。
しかしこの前年、63年(1988年)は各地を随分と撮り回っていました。初夏に訪れた新潟交通ではこの六分を始めとした駅風景の魅力を再発見、改めて駅に軸足を置く撮影スタンスのきっかけになります。
▲いずれも六分 1988-5

昭和時代最後の遠出となったのは秋の東北私鉄行。
生憎と秋雨に祟られてしまいましたが、津軽鉄道を訪問した1日だけは絵に描いたような秋晴れ、川倉付近の田園風景に触れました。
▲南部縦貫鉄道キハ102 盛田牧場前 1988-9
 
▲岩手開発鉄道キハ202  日頃市 1988-9
 
▲津軽鉄道キハ24023 芦野公園-川倉 1988-9

一方平成最初の撮影行はこちら、琴電と片上鉄道でした。

▲高松琴平電鉄325+300 春日川-潟元 1989-2
 
▲同和鉱業片上鉄道キハ303 周匝-美作飯岡 1989-2
 
改めて見ると、30年前の地方私鉄には撮りたい車両、魅力的な風景が山のように残っていました。
 
時はバブル絶頂期、しかし長時間労働・低賃金の新米社会人だった管理人には彼岸の出来事でした。最も安い撮影ルートは何か・・・などということばかりに頭を捻っていました。 
▲新潟交通クハ46ほか 燕 1988-5

2019年4月25日

雨空の下、別所線 その1

▲上田交通モハ5251 八木沢 1984-7
 
社会人となったこの年、念願の6×7版カメラを月賦で購入。
買ったからには直ぐにテスト撮影をしたくなりますが、梅雨の真っ盛りとあって中々チャンスに恵まれません。しかし手を拱いている訳にもいかず、我慢も限界とばかりに思い立って強行撮影に出掛けたのは別所線でした。
▲別所温泉 1984-7

さて、夜行急行「妙高5号」から未明の上田に降り立ったはいいものの、やはり外は降り頻る雨、現在と違ってコンビニもなくひたすら待合室でじっとするしかありません。
辺りが明るくなり始めた頃、留置中のクハやサハを超スローシャッターで撮影、これがファーストショットになりました。
▲いずれも上田 1984-7
 
さて、始発電車に乗って先ずは中野で下車です。
蕭々と降る雨にめげず舞田に向かって歩きますが、ドンヨリと鉛色の空では露出も上がらず、眠たい画しかできそうにありません。
▲いずれも中野 1984-7
 
▲いずれも中野-舞田 1984-7
 
田圃の中にポツンと佇む風情が好ましい舞田駅。
▲舞田 1984-7
 
八木沢駅。
独特の意匠の駅舎はリニューアルされて健在ですが、最低限の施設しか残っていない現在はちょっと微妙・・・でしょうか。
▲いずれも八木沢 1984-7
 
この日は東急からやって来たクハ292が生抜きのモハ5251をエスコートです。青ガエルもすっかり別所線に馴染んでいるようでした。
▲八木沢-別所温泉 1984-7
 
ここまで来たからにはもう意地・・・とばかりに別所温泉まで歩きます。
若かったとは言え、雨の中20キロ超の機材を担ぎなら酔狂としか言いようがありませんが、当時は気にもしませんでした。
▲八木沢-別所温泉
 
別所温泉で発車待ちの元長電・モハ5271。
こちらの駅舎は象徴的な「上田タイプ」で、現在もこの地のランドマークになっています。
▲いずれも別所温泉
 
・・・とここで枚数が行ってしまいました。雨ニモマケズ次回に続きます。
▲八木沢 1984-7

2019年4月18日

片上夏景 その3

▲同和鉱業片上鉄道 益原 1990-8

さて、岡山に投宿した翌日はまたも薄明から行動開始。
あわよくば07・・・と期待して和気に向かうと、待機していたのはキハ312でした。
2列車のうち片方には必ずキハ800形が入っていますからこの日もハズレ、少しガッカリしながら乗り込みます。
▲和気 1990-8

前日に続き益原の田圃で陣取った後は(→ こちら)、これまた歩いて天瀬へ。
しかし抜けるような青空はどこへやら、空模様が怪しくなってきました。
▲いずれも天瀬 1990-8
 
キハ801と312コンビではモチベーションも低空飛行、どうしたものかと思いましたが備前矢田駅を表敬訪問することにしました。周匝と並び沿線の中心的な駅で、立派な駅舎を構えていますが下車は初めてです。
備前矢田駅舎。
かつての国鉄幹線駅を思わせる堂々たる建物は、他の有人駅とは異なる独自の意匠です。奥行・幅とも充分な空間を取っています。
▲いずれも備前矢田 1990-8

さて雲行きも怪しくなって来たので、平凡な風景ながら駅近くで捕えて打ち止めにすることにしました。まずは田圃が広がる柵原方です。
▲いずれも備前矢田-苦木 1990-8
 
柵原方から構内を望む。2面3線の構内は余裕があります。
▲備前矢田 1990-8

続いて片上方へ。
「ふみきりちゅうい」の札が立つ第4種踏切が多いのも当線の魅力です。
▲河本-備前矢田 1990-8
 
さて、終了です。これに乗って引き揚げることにしました。
▲備前矢田 1990-8

和気に着くと向かいにキハ702の姿が・・・どうも昨日からすれ違いばかりです。周回しながらこれに乗ってもう一度益原辺りへ・・・と迷いましたが、視界から消えるまで見送ることにしました。
▲いずれも和気 1990-8
 
▲切符のバラエティも片上の魅力でした

2019年4月11日

片上夏景 その2

▲同和鉱業片上鉄道キハ801 吉ヶ原 1990-8

さて、眼前をキハ702が通過するのを見て、このまま退き下がる訳には行きません。
引き揚げようという予定を急遽変更、このまま粘ることにします。陽のかけらが山の端に沈もうとするのにヤキモキしながら待つこと暫し、折り返し列車を捕まえることができました。
▲いずれも周匝-美作飯岡 1990-8
 
1本とは言え、702に会えたことにすっかり気を良くして周匝駅へ戻ります。
この駅へ来るのは3度目ですが、三角屋根の個性的なデザインは何度見てもやはり秀逸・・・としばし感懐に浸ります。美作飯岡・吉ヶ原・柵原も同タイプですが、常時職員が詰めているこちらの手入れの良さは別格でしょうか。
▲いずれも周匝 1990-8
 
次の柵原行に乗車、2つ目の吉ヶ原へ。
当分来ない列車を待ちながら、周りをウロチョロします。
殷賑を極めた貨物輸送が消えた後のだだっ広い構内は侘しいものですが、ここ吉ヶ原もその一つでした。
西日の断片を反射しながら、片上行が発車。
▲いずれも吉ヶ原 1990-8

長い日がとっぷりと暮れた頃、当駅止まりの2レが到着しました。
三脚を構えてスローシャッターを切ります。僅かな乗客が降りてしまうと、あとはただ闇が迫ってくるだけでした。
▲いずれも吉ヶ原 1990-8

すっかり闇に包まれた頃、上り和気行のキハ702に乗って戻ることにします。
白熱灯に染まった車内には、自分以外に乗客の姿はありませんでした。
▲いずれも吉ヶ原 1990-8
 
私の行先を聞いた車掌さんは、何故かえらく納得した様子。
あとはバスのように無人駅を次々に通過していきました。
▲いずれもキハ702の車内から 1990-8
 
途中から乗って来た僅かな客にほったのも束の間、終点・和気に到着です。
・・・しつこく次回に続きます。
▲和気 1990-8