2019年10月5日

「くりでん」電車時代 その5

▲栗原電鉄M153 駒場-細倉 1987-2

70年代の駄作スナップから電車末期の頃まで4回に亘ってお送りしてきた栗原電鉄ですが、今回は新たにデータ化した6×7版の記録をメインに、これまでの「使い回し画像」も交えて構成してみます。
▲細倉 1987-2
 
時は87年早春、鉄研時代の友人らと細倉の奥地、「温湯(ぬるゆ)温泉」に向かう折のことでした。
亜鉛鉱で盛業を極めた鉱山貨物が終焉を迎えようとする頃で、まずはガニ股電機・ED20は如何にと若柳の車庫を覗きます。
▲いずれも若柳 1987-2

西武から1977年にやって来た元国電のM17形。
当線随一の大型車ながら使い勝手が悪かったのかやはり老体だったのか、活躍はほんの一時でした。既に切り離されて休車中で、このまま廃車になります。
旧武蔵野の木造車を鋼体化したM18。
晩年はカラオケ電車に改造された挙句にそのまま廃車、無残な姿を晒していましたが、この頃は元気でした。
こちらは元東武日光軌道線のED35。
引退後は引き取り手を待ちながら長く放置されていましたが、現在は個人によって保管されています。

さて目当てのED20は3両の仲間のうち1号機が見当たらず、出動中かと期待が膨らみます。
片隅にいた2号機は1983年の廃車時のままのようで、かなりくたびれた様相でした。
▲いずれも若柳 1987-2

庫内の一番奥にポツンと鎮座する3号機は綺麗に整備されています。
▲いずれも若柳 1987-2

こちらは津久毛駅。
沢辺から広大な田園風景を一直線に飛ばすこの区間は、当線随一のポイントでした。この時は時間がなくこれらのカットだけでオシマイでしたが、翌年秋、稲穂輝く時季にリベンジを果たします。
▲津久毛 1987-2

次は終点・細倉へ向かうことにしました。
・・・次回に続きます。
▲沢辺-津久毛 1987-2

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