数多の電機の中でも、秩父のデキ200形は異色の存在でした。
一見平凡な箱型車体ながら、目を引くのは「L型軸梁式」という異様な風体の台車。
テクニカルなことは正直難しくてよく分からないのですが、要は急勾配で1,000トン級重量貨物の牽引に耐える設計がされ、このため軸梁の重心を低くして粘着性能アップを図った、といったところでしょうか。
まずはこちら、茶色塗装時代。台車と共に大目玉2灯が目を引きます。
こちらは青色塗装にシールドビーム化されたデキ201。
一見すると台車と前照灯以外は同じようなデキ200・300・500ですが、並んでみると結構細部が異なります。
しかし時代は既にデキ500形に移りつつあり、仲間は3両に留まります。
こちらは松尾鉱業からやって来たデキ107。
デキ100形もこの頃には全機がシールドビーム化されていました。
こちらは同じ頃、引退して間もない旧阪和のED38。
最後まで残った1号機は広瀬川原の片隅でくたびれた姿を晒していました。
時同じくしてWHデキ1・2も引退、デキ1形は姿を消しました。
デキ202・203は2000年に三岐鉄道へ嫁ぎ、中部国際空港の資材輸送でフル稼働だった同社の助っ人になりました。しかし工事終了と共にお役御免になってしまい、2011年に引退。唯一秩父に残ったデキ201はC58補機の任を得ました。
一方のデキ300形は少数民族ながら未だ全機が活躍中です。
デキ200は初めての1000トン牽引ということで、台車による軸重移動対策のほか、ノッチ数を約2倍にしています。ここまでしなくても1000トン牽引に支障がなかったので、せっかくの重装備が裏目に出てしまいました。台車は台車枠全体がバネ下重量になるので、同じ軸重でもレールに与えるダメージが大きいそうです。残った1両が生き延びているのは、パレオのおかげですね。
返信削除モハメイドペーパーさん
返信削除東京五輪特需を当て込んで超強力機を導入したのだと思いますが、当時は先進的すぎて役不足だったのでしょうか。ノッチが倍もあるとは知りませんでした。ここまで新技術を取り入れた電機は私鉄機としては珍しいですね。パレオ補機ならばパワーも活かせるのでしょうね。