2017年12月20日

デンシャがとおる

▲京阪電鉄276・504 京津三条-東山三条 1981-2

田舎育ちの管理人には、鉄道線の大型車が路面をのし歩く姿はイメージできませんでした。1978年春、福井鉄道で「デンシャのお通りだ」とばかりに闊歩するのを眼にしたときは、新鮮さを通り越して痛快な感覚すらありました。

そんな中から本日は京阪電車京津線の路面区間をお送りします。
初見参の1981年早春、この頃の主役は260形でした。定番の撮影地だった三条駅近くの歩道橋を昇ったり降りたりしながら狙います。こちらは大正時代のブリル台車を履いた273+274。
260形は製造時期によって1次~4次車に分類され、細部が異なります。3次車の276はBW台車を履いていました。
4次車の280は前照灯が2灯で、ウインドシルがありません。
こちらもBW台車装備車です。
大正から昭和初期の路面電車タイプばかりの京津線にあって、80形は戦後初の完全な新車。デザインが秀逸なだけでなく、技術面でも斬新な車両でした。
▲いずれも京津三条-東山三条 1981-2

さて時代が下って、こちらは1990年夏。
蹴上の坂で構えていると、80形が滑るように登ってきました。ちょうど冷房化工事が始まった頃で、屋根上が一変しています。
▲蹴上 1990-8
 
主役は260・300形を改造して誕生した600形らに代わっていました。
▲いずれも蹴上 1990-8

▲いずれも東山三条-蹴上 1990-8

しかしこの区間も1997年秋の地下鉄開通で廃止に。
かつては各地で見られた同じようなシーン、岐阜や新潟といった「ド迫力区間」なき後、今なお盛業なのは石山坂本線と福井鉄道くらいでしょうか。尤も、福井の方は「路面電車が郊外に乗り入れる」に逆転している感がありますが。
▲京阪山科 1990-8

4 件のコメント:

  1. 懐かしい写真ありがとうございます。
    この頃、京都に住んでいたのですが
    260系は特急色(エンジと橙色)だった記憶があるのですが
    映ってませんね。

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  2. 匿名さん

    訪問ありがとうございます。
    私もこの時「260の特急色来ないなあ」とやきもきしながら待っていた記憶があります。
    調べてみると塗装変更は80年頃から始まったようで、寸部の差で間に合わなかったのかも知れません。
    改めて見直すと三条周辺には木造の建物が多く写っていますが、ここも様変わりしたのでしょうね。

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  3. 東京に住んでいる今も
    年に数回京都に行きますが
    他の都市に比べると街の雰囲気は変わっていない気がします。
    京津線や本線が地下に潜ったのは残念ですが。

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  4. 匿名さん

    京都市内は地下化されてしまい寂しくなりましたが、滋賀県方には路面区間が残り再訪したいところです。
    三条周辺の風景はあまり変っていないとのこと、昔の風情を守る京都人の気質の影響なんでしょうね。

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