大型カメラ複数台に脚立の林立、二重三重の人山の中で石のようにじっと待つ覚悟が必要です。辺りをうろつきながらノンビリと撮りたい管理人には、その根性はありませんでした。
▲秩父鉄道C58363 影森-浦山口 1996-7
・・・という訳で蒸機の撮影には煙分中毒の友人をナビゲータに出かけるのが常套です。「蒸機にはモノクロ」が一応のスタンスで、フィルム時代は67判+トライXをメインに据え、余裕があれば35mmでリバーサルも、といった按配でした。
まずはこちら、最も多く出向いたのは秩父鉄道です。といっても関心はデキの牽く貨物の方に向いていました。
この頃、電車の主役はデハ1000形でしたが、国電カラーになる前のカラーリングはちょっと頂けませんでした。
栃木へ帰省の折、子連れで立ち寄ることもありました。
秩父から出張してきたC58とD51の競演があった日で、渋川近くのカーブで構えます。まだD51498に形式入りナンバーがついていた頃でした。
▲八木原-渋川 1994-1
優先順位はやや低かった蒸機でしたが、函館本線のC62は例外。
例によってケムリ中毒に案内してもらい軽い気持ちで・・・のつもりがあまりの迫力に度肝を抜かれてしまい、小型機との圧倒的な格の違いを見せつけられた気がしました。
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