▲同和鉱業片上鉄道キハ312 周匝-美作飯岡 1989-10
波状攻撃的にアップしてきた片上線ですが、当時のフィルムを見直してみると、よくもまあ何度も通ったものだと半ば呆れてしまいます。
1989年秋のこと、下津井電鉄を訪問した翌日、例によって明け方から出動開始。
先ずは前回の訪問で強く印象に残っていた苦木に向かいます。
ここで入線してくる1レを狙うも名物の川霧で視界は真っ白、列車に近寄って撮るしかありません。辺りには民家が散在するだけの山里の風情ですが、発車が近付くにつれ通学生が集まって来ました。
右下の獣道のようなのが「駅前通り」。駅へのアプローチはこれだけです。
苦木駅舎。
小ぢんまりながら良くまとまった好ましい建物です。
線路側に正面入口があるのも妙ですが、清水・天瀬両駅と同じ仕様の建物をこの地に建てた結果でしょうか。
▲いずれも苦木 1989-10
霧は晴れる気配がなく、線路伝いにてくてくと歩くことにしました。キハ312を道路際で安直にやり過ごします。
▲苦木-備前矢田 1989-10
駅舎との組み合わせを再度狙って備前塩田へ。
ここで粘っているうちに、少しずつ視界が開けてきました。
備前塩田駅舎。
1984年まで有人駅で、「片上型」の三角屋根が印象的な駅舎を構えています。
▲いずれも備前塩田 1989-10
ここからほど近い第一吉井川橋梁は当線一の長さ(355m)です。
▲備前塩田-備前福田 1989-10
さて、ここまで来たからには周匝で下車、「茶臼山俯瞰」をしない訳には行きません。
来る度に往復4時間の山登りとは何とも酔狂ですが、俯瞰ポイントのない当線、つい登ってしまうのでした。
しかし予想どおり、中途半端な霧に覆われてしまい何ともうーむな画しかできません。
▲遠望のカットは落第点でした いずれも周匝-美作飯岡 1989-10
仕方なくこの一本で下山、線路際で構えることにします。
土手に咲くコスモスを強引にフレームに入れ、微妙な構図で。
通学列車のキハ303+801コンビがやって来ました。しかし相変わらずのドンヨリ空で辺りは暗くなる一方、折り返しの2連を撮って打ち止めとしました。
▲いずれも周匝-美作飯岡 1989-10
周匝駅舎。
こちらも「片上型」ながら、備前塩田より屋根の傾斜がきつい意匠です。
▲周匝 1989-10
因みに今回も旧国鉄キハ07の702には会えず仕舞い。
702がいなくても沿線風景や駅舎群が補って余りある役割を果たしてはいますが、こうなればもう意地・・・とばかりに訪問に拍車が掛かることになりました。
▲苦木 1989-10