2020年11月4日

斜光線の電機 その1

▲三井石炭鉱業3号 三池港 1992-12

 処々策動を弄して実現した、92年冬の三池港ヤード訪問。 
その時の顛末は既に6×7判モノクロの記録からお送りしましたが(こちら →→ その1 / その2 / その3、今回はリバーサル編をアップしてみます。 

記録重視の6×7判に比べると身軽な35㎜ですからもう少し「ズームレンズを駆使して自由なアングルで切り取り・・・」となれば良いものを、現像が仕上がってみると芸のない無難な構図ばかりに落ち着いていました。屈強な構内員氏の監視下、好き勝手に動き回れない事情もあったかも知れません。 

▲20号の牽く発電所線石炭列車 三池港 1992-12

そんな記録ですが、この時は丸2日間粘ってフィルムを散々消費しています。
大牟田に着くや、何はともあれ責任者の鉄道課長さんが待ち受ける事務所へ走りますが、苦難の末やっと立ち入れた三池ヤード、入口の前でえらく緊張したのを憶えています。 

・・・と事務所隣に鎮座するGE製5号が眼に入りました。 車止が付けれらていますが、稼働状態のようにさりげなく留置してあるところが泣かせます。 

▲ いずれも三池港 1992-12

さて鉄道課長さんへの挨拶を済ませると、今度は巨漢の構内員氏に付き添われ、縮こまりながら広大なヤードを見て回ることになりました。

ジーメンスの1~4号機のうち、動き回っていたのは最古参の1号。 4両の中では最も調子が良いそうで、入換機の主役として毎日動いているとのことでした。 



「ハト」をつないだ3号はくたびれた風体で、こちらは休車でしょうか。






















Zパンタを載せた4号。
これもお疲れモードでした。



4号の隣にいた8号は全身錆だらけで、ちょっと痛々しい風体でした。

▲いずれも三池港 1992-12

庫内で点検を受けるは東芝戦時設計の17号。 
全国に多くの仲間がいる同系の中では最も古い部類に入ります。 
仲間の18号・19号が三井化学専用線で終焉を迎えたのは記憶に新しいところです。 


三菱製の9号。
こちらも電源車との名コンビで、三井化学で大活躍しました。 


▲いずれも三池港 1992-12

 ・・・とここで枚数が行ってしまいました。 
似たようなコマばかりながら、しつこく次回に続きます。



▲いずれも三池港 1992-12

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