2018年7月27日

夜の関門にて

▲カニ25「彗星」 門司 1980-9

1980年夏のこと、東京駅から九州ワイド周遊券片手に「大垣夜行」に乗車、あちこちで寄道した挙句に九州入りしたのは出発から10日が経ってからでした。本日はその道すがら、関門両駅のスナップからです。

別府鉄道や下津井電鉄を始め、セノハチ・可部線など国鉄線もテンコ盛りだった本州最後の日、宇部・小野田線の旧型国電を初めて訪問です。最後はこれらのカットで締めて、初めての九州入りを果たしました。
▲岩鼻-宇部 1980-8

▲宇部 1980-9

さて、夜の帳が下りた関門両駅の表情が見たくなり、銭湯探しを兼ねてまずは下関で下車。周遊券があれば、構内をウロチョロしても浮浪者のように外に追い出されることはありませんでした。

主要ターミナルでありながら、両駅とも森閑として寝台列車を待つ僅かな乗客以外、ほとんど人気はありませんでした。まずはこちら、普通客レを牽引する関門の主・EF30です。
20系客車や昼の優等列車がなくなってすっかり寂しくなった山陽本線ですが、寝台特急「あかつき」「彗星」「明星」「なは」が健在。本数も多く14系・24系・583系と車種もバラエティ豊かでした。
▲いずれも下関 1980-9

「彗星」の殿を務めるカニ25は50.3改正後に誕生した、カニ22からの改造車。2両の少数世帯で、24系の仲間という変り種でした。
▲いずれも門司 1980-9

「ながさき」は「はやたま」「山陰」とともに僅かに残った夜行の普通客レでした。盗難防止用に括りつけた針金がちょっと痛々しいです。
▲下関 1980-9

古い歴史を持つ両駅、改めて見ると鉄骨や上屋にそそられます。
あと10歩下がってシャッターを押していれば、もっと雰囲気ある画が出来たのに・・・と当時のスナップを見る度に後悔してしまう昨今です。
▲門司 1980-9

2018年7月21日

バケットカーと古典客車 その4

▲別府鉄道キハ2 別府港 1982-9

別府鉄道ハフ7は1926年、神中鉄道(現:相模鉄道)が発注した客車。
木造・ダブルルーフの2軸客車としては最も新しい部類ながら、スタイル・性能とも明治時代のそれと変わりありませんでした。

それはともかく、こんな古典車が普通に走っているのは全くもって不思議ですが、もともと旅客はオマケのような当線ですから、特段の投資が必要ないまま廃止を迎えた、というところでしょうか。
▲ハフ7 別府港 1982-9

さて、野口線の次はいよいよハフ7に乗車ですが、発車までの一時に機関区を瞥見。まずはこちら、前回乗車した旧相模のガソリン車・ハフ5です。
旧・佐久鉄道のキハ3は今回も同じ位置で昼寝中でした。 
こちらは片上鉄道からやって来た、旧国鉄キハ04のキハ101。
誕生年はバケットカーと大差ありませんが、国鉄仕様はやはり立派に見えます。
▲いずれも別府港 1982-9

ここで先発の野口線キハ2の発車を見送ります。
キハ2の姿がまだ視界から消えないうちに、ハフ7が入換を開始。
別府港の小さな駅舎には結構な数の駅員さんが詰めていましたが、この組成作業のためでした。
 
今日のハフはワム6両編成のしんがりを務めます。
▲いずれも別府港 1982-9
 
「ハフにやっと乗れた・・・」という感懐に浸り過ぎたのか、はたまたこの後に訪問する山陽電車に気が行ってしまったのか、列車内の写真が一枚も無いことに気付きましたが、後の祭り。上のコマに次に写っていたのは、土山駅のこのスナップでした。
▲土山 1982-9
 
▲別府港 1982-9

2018年7月16日

バケットカーと古典客車 その3


▲別府鉄道ハフ7 別府港 1982-9

2軸車や機械式バケットカーがごく普通に、淡々と走る姿を実見して驚いたのは1980年のこと。主目的だったハフ7が屋根の雨漏り修理中のため会うことができず、再会を期して九州に向かった道中のことでした( →→ その1その2)。

それから早2年。
この年の夏休みは阪急電車を皮切りに、関西から中国地方をぐるりと回る旅を企みますが、雪辱戦とばかりに最優先でルートに組み込むことにしました。
▲キハ2 別府港 1982-9

前回と同じく、加古川から高砂線キハ35に乗車、5分で野口に到着です。駅構内をゆっくり観察する暇もなく、同時発車のキハ2にバタバタと乗り込みました。

発車しまーす。
チラッ。 
流し目がちょっとコワイ車掌さんから車内券を買ったり、機械式の運転台に眼を凝らしているうちに、あっという間に別府港に到着です。 
▲いずれもキハ2車内 1982-9

こちらは乗ってきたキハ2のプロフィール。
キハ2は1931年・三岐鉄道の発注車で現在も保存されています。
▲いずれも別府港 1982-9

早速機関区を覗きたいところですが、先ずは折り返して発車する野口行を狙います。パチンコ屋をバックに快走・・・では全くサマになりませんが、沿線風景はどうにも殺風景で眼をつむるしかありません。
▲いずれも別府口-別府港 1982-9

さて、ここでようやくハフ7をじっくりと観察です。
「鉄道ファン」誌の非電化私鉄特集(76年9月号)で初めて見てから6年、やっと会えたという感懐にしばらく浸ることにしました。

古典的な車内。床や背もたれを始め、殆どの部分が木製のままです。
▲いずれも別府港 1982-9

そうこうしているうちに、キハ2が野口から折り返して来る時間に。
隣の別府口まで小走りし、この区間のポイント・・・という程の風景ではありませんが、雑誌にも登場した巨大マンションとの組合せを狙います。
▲いずれも坂井-別府口 1982-9

撮ったと思いきや、今度は土山線に乗車すべく再び走って引き返しました。
・・・次回に続きます。
▲別府港 1982-9 

2018年7月11日

野上電車の夜 その3

▲野上電鉄モハ24+26 登山口 1990-8

初めて体験した白熱灯の車内は70年代末、東北本線のオハ61形だったと記憶しています。薄暗い灯に浮かび上がるニス塗りの木目模様は、一人旅の鉄道少年を感傷に陥れるに充分でした。

しかし、電気ばかり食う前近代的な白熱電球は当時既に希少な存在で、残っていたのは鋼体化客車と中小私鉄の一部くらいでした。

▲モハ31 登山口 1990-9

そんな中、未だ全車両がオレンジ色の光を燈していたのが野上電車。
「白熱灯の世界」を満喫するべく何度か通いましたが、1990年晩夏の訪問では野上中周辺で夕暮れを迎えました。
▲いずれも北山-八幡馬場 1990-8
 
▲野上中-北山 1990-8

▲いずれも野上中 1990-8

静かに発車を持つ最終電車。
乗客はなく、虫の音だけが聞こえてきました。
▲いずれも登山口 1990-9

LEDがこれだけ普及しても未だに「電球色」が残っているのは、原点回帰と言うか、やはり人間にはこの色が合っているのでは、と改めて感じます。

野上電車の夜 →→ その1 / その2

▲日方 1990-8