2018年8月29日

揖斐線 夏のスケッチ その2

▲名古屋鉄道モ514車内 清水-本揖斐 1992-9

さて、引き続き黒野車庫を覗いて回ります。
朝ラッシュ対応をこなしたモ700・750形らが次々に入庫。
黒野から先、本揖斐や谷汲へ向かう各線以外、このまま夕方までお休みです。
▲モ514車内 黒野

当線人気NO.1のモ510形は1926年、美濃電セミボ510として登場以来、70年近くも名鉄で過ごしてきた古強者。88年にスカーレット一色から往年の2色塗分けになったニュースを見たときは思わず快哉を叫びましたが、実物を見るのはこの時が初めてでした。

単純なツートンではなく、67年の市内線直通運転開始時の塗分けにしている所が泣かせます。
▲いずれも黒野 1992-9
 
少し離れて黒野車庫の全景。
コンパクトな構内に1920年代のデンシャが揃い踏み、大手私鉄の一角とは信じられない光景です。
しばらくボーと眺めていると、旗を持った駅員さんが出てきて、入換えを開始です。
古めかしい構内を行ったり来たり・・・黒野の魅力は電車自体もさることながら、それ以上に電車との距離の近さにありました。
・・・と、そこへ514が揖斐線ホームに入線。
運転士さんに聞いてみると本揖斐まで2往復する由、これは事情が変わったと迷わず乗り込みます。
▲いずれも黒野 1992-9
 
山あり川ありの起伏に富んだ谷汲線とは違い、揖斐線は住宅地と田圃の混在する中を一直線に進んだと思うと、あっという間に終点という単調な沿線風景です。

終点・本揖斐駅は広い島式ホームに大きな上屋が掛かり、かつてこの地の中心だったことが偲ばれます。
▲いずれも本揖斐 1992-9

ノンビリしている場合ではなく、駅前でタクシーを捕まえます。
隣の清水駅に近い、田圃が開けた辺りで514を待ち構えることにしました。
晩夏らしい空の下、吹き抜ける風が心地良くあまり暑かった記憶もありません。
ここで514の運用が終わるまで粘りました。
▲いずれも清水-本揖斐 1992-9 

・・・とここで枚数が行ってしまいました。
しつこくまだ続きます。
▲黒野駅舎 1992-9

2018年8月23日

揖斐線 夏のスケッチ その1

▲名古屋鉄道モ512 黒野 1992-9
 
大正から昭和初期のデンシャたちが当然のように伸し歩く。
名鉄揖斐・谷汲線、岐阜市内線には、今考えると信じられない光景が平然と繰り返さえていました。これに惹かれて春夏秋冬延べ十数回の訪問、一路線に掛けた時間としては中小ローカル私鉄を抜いて断トツの多さでした。
▲旦ノ島-尻毛 1992-9

1992年晩夏、この日は急行「銀河」から未明の岐阜駅に降り立ちました。
夜明けを待って市内線の始発電車に乗車、忠節を目指しますが、早速覗いた構内はまだ眠ったように静かでした。
▲いずれも忠節 1992-9
 
続いては揖斐線の尻毛(しっけ)で下車。
忠節寄りに少し戻った長良川橋梁付近は当線の数少ない撮影ポイントですが、朝の3連を狙うべく初めて行って見ました。
▲尻毛 1992-9

目映い朝陽を浴びながら、早速やって来たのはモ512の黒野行。1.5往復しかない510形定期運行列車のうちの一つです。

続いては1987年に登場以来、すっかり当線の主役になった感ありのモ770形。スカーレット一色だった彼らも、この後白を基調とした新塗色に変わっていきます。
▲いずれも旦ノ島-尻毛 1992-9

さて、露払いに何本かやり過ごすうちに、お待ちかねのラッシュ対応3連の登場。夏らしい空の下、暑さを忘れてしばし陣取りました。
河川敷にも下りて、初秋の空を強調。広角レンズでコバルト色を際立せます。
3連が終わると、あとは2連が行ったり来たりになりますが、こちらも770形が幅を利かせており旧型は数を減らしていました。
▲いずれも旦ノ島-尻毛 1992-9
 
釣果にすっかり満足、再び尻毛から2連に乗り込んで黒野を目指します。
▲尻毛 1992-9

次は黒野車庫を訪問。ツートンになったモ510形を間近に見ることが主目的でした。
・・・次回に続きます。
▲黒野 1992-9

2018年8月18日

夏がくれば~急行列車の思い出

▲急行「天の川」 上野 1975-7

毎年夏になると、学生時代に精を出した、上野駅での駅弁立売りのアルバイトを思い出します。
コンビニもなく、長距離離列車が引っ切りなしに発着する当時の上野では、駅弁スタンドは必須アイテムでした。

風が通らず蒸し風呂のような13番線、特急「とき」「あさま」に混じって「信州」「妙高」など電車急行も次々に発車する5-8番線、「八甲田」「津軽」など長距離急行の席を確保するべく朝から並ぶ帰省客、浮浪者と思しきオッサン・・・・と、決して美しくはありませんが忘れがたい思い出になっています。
▲上野 1978-9

当然のように展開していた駅風景。
残念ながらバイト時代の記録はありませんが、過去記事でアップした「使い回し画像」も混ぜながら、夜行列車オンリーでこの時代の上野駅を振り返ってみます。

まずは学生時代に愛用していた長距離急行です。
19:10発の「八甲田」を皮切りに、「津軽」「十和田」「越前」「能登」「鳥海」「天の川」「おが」等々が続々と発車・・・1982年に東北・上越新幹線が開通するまで、上野は客レのオンパレードでした。

12・14系化されたものもありますが、まだ多くが旧型客車で運転されていたのも魅力の一つ。シートの硬さや非冷房であることも当時としては当たり前で、気にも留めませんでした。
▲いずれも上野 1枚目:1978-4 2-4枚目:1978-9 5枚目:1976-3

23:58発、客車急行の殿は「妙高5号」が務めます。
▲いずれも上野 1978-9

一方の特急も、最大7往復を誇った「ゆうづる」を始め、「はくつる」「あけぼの」「北陸」「北星」とこれまた多彩でした。急行と違い、新幹線開通後もほんの一時ながら更に充実し、1984年にはヘッドサインも復活します。
▲いずれも上野 1978-9

唯一20系で残っていた「あけぼの1・3号」は、1980年秋に24系化されました。
▲いずれも上野 上:1979-9 下:1975-7

速達性が何よりも優先され、赤字の根源とばかりに彼らが駆逐された結果、旅の醍醐味は随分と薄れてしまった気がします。独特の雰囲気が漂っていた夜の地上ホームも、今はその片鱗すら残っていません。

尤も、長距離夜行を愛用していた当時は旅情云々を言う余裕はなく、ひたすら忍耐の連続でした。
やはり、こうした感慨は過ぎ去った後にやって来るものなのでしょう。
▲急行「津軽1号」 上野 1975-1