2022年7月20日

午後の大井川 その2



▲大井川鉄道モハ1906ほか 抜里-笹間渡 1990-11  

さて、今回はアプト区間の「ついで」の感ありの本線訪問、駅めぐりと沿線撮影をノンビリと続けます。既に晩秋の短い陽は傾き始めていました。

▲いずれも駿河徳山 1990-11

▲下泉 1990-11

下泉駅舎。
乗降客数50人前後と有人駅では最も少ないながら、蒸機列車が停まります。駅前通りは広く集落もあれば商店も建ち、そこそこの賑わいがありました。


▲いずれも下泉 1990-11

第一橋梁付近の「お立ち台」。
今日はこの名鉄+西武コンビが主力として終日動きました。


▲いずれも抜里-笹間渡 1990-11

夕陽を浴びながら、長編成の蒸機列車もやって来ます。
新金谷に転車台のなかったこの当時は、上りのほとんどは逆機でした。


▲いずれも抜里-笹間渡 1990-11

辺りが暗くなり始めた頃、今度はこちらへ。苦しい露出ながら、無理やり構えます。


▲いずれも 1990-11

続いてやって来る電車も同じ位置で。
茶畑に送風扇が立っていなかったこの頃は、視界が広く感じます。


▲いずれも 1990-11

最後は家山駅。
改札を抜けて構内踏切を渡るローカル駅はやはり落ち着きますね。
ここでアルミ+ステンレスをピンボケ気味に撮って打ち止めにしました。



▲いずれも家山 1990-11

さて、大井川鉄道が投資会社の傘下に入ってからというもの、めっぽう足が向かなくなりました。理由は言わずもがなですが、レール存続のためですから遊園地の延長のようになるのも「ある程度は」仕方がないのでしょう。

しかし一方で公共交通なんだかテーマパークなんだかよく分からないような、境界線を超えた「何でもありOK」の風潮にはどうにも馴染めません。
例えばアニメキャラ全面ペイントに「たま電車」に「チャギントン」に・・・あ、これ以上は言わないでおきます(笑)。


▲現在も硬券王国です

2 件のコメント:

  1. アルミとセミステンレスの混結、営団5000系以外では写された大鉄の編成が唯一ではないでしょうか。
    冷房車は皆無ですけど、大井川の川面から心地よい風となって車内を冷やしていたのでしょうね。

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  2. 12号線さん

    そう言えば営団5000の小数派、アルミがいましたね(中学時代にたった1コマしか記録できませんでした)。
    大井川はとにかく色々な路線の中古車がやってくるので、何と何が連結されるかという楽しみがありましたね。小田急+北鉄の組み合わせもここだけだったかも知れません。現在は短編成になったせいか、こうした混結も見られなくなりましたね。

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