2020年1月17日

眠れる名作の発掘 その5

▲茨城交通茨城線 石塚 1966-5

1960年代後半まで存在したにも拘らず、あまり記録されていない路線の筆頭格と言えば、茨城交通茨城線の大学前-御前山間ではないでしょうか。
車両基地が手前の上水戸にあり、当時は敢えて奥地まで乗る必要がなかったからだと思いますが、それにしても少ない。

車両の方は「私鉄車両めぐり」を始め、ほぼ紹介され尽くした感がある一方で駅舎や駅風景、特に末端部の石塚-御前山間(8.6㎞)は頓と見掛けません。
▲こちらも殆ど見掛けません 御前山ではどんな切符を売っていたのか?

・・・という訳で、今回は上水戸から先、末端区間ではありませんがこの2駅の記録をアップしてみました。

まずはこちら、石塚(いしつか)駅。
石塚は開業時の終着駅で、立派な駅舎や交換設備がありました。
湊鉄道出自の元ガソリンカー・ケハ2もいますが既に休車だったようです。
▲石塚 1961-12
 
こちらは石塚以遠の廃線を控えた頃で、心なしか上の写真より構内がガランとして寂れているように見えます。ケハの塗装はブルー+クリームからのやや野暮ったい塗分けに変わっていました。発車を待つケハ300形は旧国鉄キハ07です。
▲いずれも石塚 1966-5
 
こちらは藤井駅。
民家のような駅舎内では子どもらが遊び、奥にはニワトリ小屋が見えます。
こんな小さな駅にも駅員さんがいて、列車交換をしていました。日々、どんな乗降風景が繰り返されていたのかと妄想してしまいます。
▲いずれも藤井 1961-12
 
水浜線とのジャンクション、上水戸駅。
広大な構内を持ち、ケハに加えて区間運転の電車や大洗行も行き交っていました。

この上水戸駅も、車両写真は雑誌などで見掛けますが、駅舎内や構内配線が良く分かる記録ということになると、未だにお目にかかれていません。
▲いずれも上水戸 1961-12

▲丸ゴシックのような字体が愉快な駅名票 那珂西 1961-12

2 件のコメント:

  1. 車両写真はあっても沿線や駅がよく分からない茨城線で貴重な写真をありがとうございます。上水戸のジャンクションなどは特に興味が尽きません。形式写真を撮って帰ってしまうファンのお蔭で茨城線は謎めいたところに魅力を感じます。こういう写真は1枚々見入って想像をふくらまして楽しめます。

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  2. katsuさん

    関東でここまで記録が少ない路線はないのではないか・・・と思ってしまいます。
    石塚から先の駅風景・沿線風景などはどうなっていたのかずっと気になっていましたが、今回の藤井、石塚の僅かなスナップから妄想が一層膨らんでしまいました(苦笑)。
    上水戸も未だに「魔境」ですね。こちらも構内配線の全貌、駅舎内など分からないことだらけです。ケハと郊外電車、路面電車の三者組み合わせも他にないですね。

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