2016年9月18日

鹿島鉄道 借宿前にて

▲鹿島鉄道キハ602 借宿前 1986-4
 
 1986年当時の鹿島鉄道は、まだ「軽快気動車」ことKR500形が投入されておらず、晩年とは顔ぶれが違いました。旧三井芦別キハ711~713、旧夕張キハ714・715、旧国鉄キハ04のキハ410形も健在。晩年まで残った車両たちもまだ改造前でした。 
 
石岡の陸橋から見た定番の風景。5番線ホームの雰囲気だけは最後まで変わりませんでした。
▲石岡 1986-4
 
石岡の車庫は「機関区」を名乗っています。
この頃は百里基地燃料輸送の定期貨物があり、「カバさん」ことDD901に代わって国鉄DD13そっくりの関東鉄道発注車、DD902が活躍中でした。 
▲いずれも石岡 1986-4
 
まずは浜で下車。
霞ケ浦バックのこのシーンは雑誌にも登場しましたが、この頃は伸びた木々の間からレンズを出すという感じでした。旧加越能鉄道・キハ430形の前面はまだ原型の大窓です。 
▲いずれも浜-玉造町 1986-4
  
次は終点鉾田にほど近い借宿前。見通しの良い、よく手入れされた築堤は模型のようでした。
90年代になって、風除けのためと思いますが植栽がされて展望は遮断、こんなアングルも撮れなくなります。 
 
旧国鉄キハ07のキハ600形は関東鉄道時代に平妻化されました。この後非貫通化、更に塗装が変更され印象が全く変わってしまいます。
側面はキハ07の面影を残しています。
築堤上を滑るように、折返しのキハ602が近付いてきました。
▲いずれも借宿前-巴川 1986-4
 
築堤から鉾田方面に少し進むと、これまた見通しの良い切り通しに突き当たります。
この場所も、後年は草木が伸び放題になってしまいました。
▲借宿前-巴川 1986-4
 
鹿島鉄道は2007年4月に廃止されるまで、自治体による対策協議会が設置されたり、沿線の学校を中心にした有志が「かしてつ応援団」を結成したりと、地域を挙げての存続活動が展開されました。多くのファンにも愛されましたが、旅客減に歯止めはかかりませんでした。 
▲ 借宿前 1986-4

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