▲下津井電鉄クハ24+モハ103 東下津井-下津井 1980-9
1980年夏のこと、初めての九州への道中、別府鉄道と共にルートに組み入れたのが下津井電鉄でした。72年に大半が廃止され、残るは僅か6.5キロの孤立路線ながら瀬戸内海を望む風光に貴重品となったナロー電車、外す訳にはいきません。
倉敷から快適なバス旅を満喫しながら児島へ、広いバスターミナルの片隅にあった掘立小屋のような駅から早速乗り込みます。
先ずは琴海で下車。
ここから海を眺めながら隣の鷲羽山まで撮り歩く・・・と目論むも、草木が伸び放題で眺望が効きません。適当な足場も見つからないのでナローの線路脇をそろそろと歩いて行きました。
▲いずれも鷲羽山-琴海 1980-9
午後の閑散時間帯はもっぱらモハ1001の単行が行ったり来たりです。
モハ1001は部分廃止に併せてクハを自社改造した車でした。この会社は自社で造ってしまうのが得意技のようで、ガソリンカーを電車にしたり単端を背中合わせにくっつけたりと、その独創性は越後交通に通じるものがありました。
さて撮り歩くうちに下津井に到着、早速車庫を覗きます。
こちらは1961年製の主力車、モハ103+クハ24。
予備車のモハ102+サハ2+クハ22。
モハ103+クハ24の検査時に動く程度で、出動の機会はあまりありませんでした。サハ2は軽便時代の栗原鉄道の電車を付随車化したものです。
狭い下津井車庫ですが、興味深いゲテモノ車がぞろぞろといました。
モハ110は気動車改造の予備車。既に3連の予備車がいたので動く機会はほとんどないまま留置、そのまま展示物と化してしまいました。ここで全身の汗を拭って一休み、再び東下津井へ向かうことにします。
・・・次回に続きます。